誰でもわかる先天性心疾患

先天性心疾患など小児循環器をなるべくわかりやすくお話します。主に看護師さん向けですが、小児循環器を専門としない医師向けの内容も多く含まれています。教科書ではわかりにく内容の理解の助けになればと思い書いています。

完全大血管転位症(TGA:) いにしえの手術:心房内血流転換術Mustard、Senning手術 ~ 疾患16

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Mustard(マスタード)手術とかSenning(セニング)手術って知ってますか?
Jatene手術がメジャーになってきたのは1980年代の後半で、それ以前、1980年代前半まではTGAに対してはMustard手術やSenning手術がメインで施行されてきました。
いわゆるこども病院などにいると、ほとんどTGAはJatene手術しか見ないと思いますが、古くから先天性心疾患をしている施設では他の手術をしている患者さんがいます。その方たちの多くは30-40歳台くらいの患者さんです。(もはや小児とは言えない年齢ですが、多くは小児循環器科で診ています。最近は成人先天性心疾患というジャンルで大人の循環器内科が診ているところもあるかと思いますが。)
どんな手術かと言うと、Mustard手術、Senning手術に代表される、心房内血流転換術と言われる手術です。
話は簡単です。
TGAでは血液の流れはIVC, SVC→RA→RV→Ao→全身→またIVC, SVCとなっており、肺循環はLA→LV→PA→肺→またLAと接続しています。これをIVC, SVCLA→LV →PA→肺→RA→RV→Ao→全身というように血液が流れるように手術します。IVCとSVCがLA(左房)に流れるように手術をして、肺静脈から返ってきた血液がRA(右房)に流れるようにします。つまり、心房をスイッチしている事になるのです。下の図が模式図になります。

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Mustrad Senning

図:心房間スイッチ手術

Mustard手術はSVCとIVCの血流を左房の方に流すために人工物を使っています。一方Senningは人工物を使わず自分の組織だけでしますが、SVCやIVCの狭窄などはMustardより起きやすく、難易度も上です。
この手術、いにしえの手術と書きましたが、今も普通によく(よくでもないですが…)やられています。修正大血管転位症(cTGAとかccTGA)でダブルスイッチ手術という手術をするときにこの心房内血流転換術+大血管スイッチ手術を同時に行います!攻めますね〜
なので、全くお目にかからない手術ではありません。心の隅にとどめておいても良い手術ではないでしょうか?

 

心房内血流転換術の問題点
では、Mustard手術やSenning手術はなんで今TGAに対してやられなくなったか?って思いませんか?
実はこの手術には大きな問題点があります。このブログを読んでいるだけでもわかる問題点です。それは「体心室が右心室、という事です。心房内血流転換術だとIVC, SVC→LA→LV→肺→RA→RV→Aoとなっています。大動脈に駆出している心室が右心室になっています。
心室は本来、肺に血液を送るための心室なので、パワーは大してありません。しばらくは頑張れるのですが、大人になると右心室がへばってきて、右心不全になってきます。これが最も大きな問題となります。

心室がへばると、右心室は拡大し、弁があわなくなってTRが増え、その影響で心房も拡大してきます。心房が拡大してくると心房に負担がかかり、心房性の不整脈を起こしやすくなります。なので、右心不全、三尖弁逆流、不整脈で将来苦しむ事になるのです。この3つは関連しているので、別々に覚えるのではなく、「右心不全でRV拡大するからTRがでて、TRのせいで心房に負担がかかり不整脈でる」という風にストーリーとして覚えると簡単だと思います。

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心房内血流転換術問題

図:心房内血流転換術の問題点

何回も言いますが、「体心室が右室」と言う事は結構な問題点なのです。Jatene手術は体心室が左心室なので、手術さえうまく乗り切れれば、ほぼ普通のような感じになります。Fontan手術でも左心系の単心室の方が予後がいいです。また体心室を左心室にしたい、それだけのために、修正大血管転位症(cTGA)ではダブルスイッチ手術と言う手術があるくらいなのです。それだけ心室が左心室と言うのは大事な事なのです。
「体心室が右室」と比べたらおまけみたいなものですが、この手術のもう一つの問題点があります。それは、パッチや手術の影響で、SVCとIVCが心房に流入する部分で狭窄が起きやすいのです。そのためにバルーン治療やステント留置術や再手術などが必要になったりします。

 

まとめ
TGAは1980年代まで心房内血流転換術のMustard手術やSenning手術を施行していました。この手術をまとめると

 ・パッチを使うMustard手術と自己組織のSenning手術。
 ・血液はIVC, SVC→LA→LV→肺→RA→RV→Aoと流れる。
 ・体心室が右室が問題。(右心不全、TR、不整脈が起こる)
 ・IVC、SVCの狭窄もある。

と言うことになります。
あまりお目にかかることは少ないですが、知っていても損のないことだと思います。何事においてもそうですが、昔の症例を通して問題点や今の手術に至った経緯がよくわかるので、昔の事を勉強すると理解が深まります。

では次回からは左心低形成症候群(HLHS)をやっていこうと思います。