誰でもわかる先天性心疾患

先天性心疾患など小児循環器をなるべくわかりやすくお話します。主に看護師さん向けですが、小児循環器を専門としない医師向けの内容も多く含まれています。教科書ではわかりにく内容の理解の助けになればと思い書いています。

心室中隔欠損+大動脈縮窄+大動脈弁(もしくは弁下)狭窄の複合疾患について CoA complexの治療のボーダーラインについて   疾患31

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前回はCoA complexの治療について説明しました。ポイントはASやSASの有無で治療方針が分かれる、という話でした。

ASSASがなければ、VSD閉鎖+Arch repairOKです。以後再手術する事はありません。

ASSASがあれば、Yasui手術です。Yasui手術は「DKS+Rastelli+VSDからPAへの道をパッチでつくる+Arch repair」でしたね。Yasui手術の場合はRastelli(人工物の導管を使う手術)がありますので、再手術が必須になります。なので、できればYasui手術はしたくないですよね。

今回はASやSASがどれくらいだったらYasuiが必要になるのか、などを話していこうと思います。

 

ちょっとくらいのASSASだったらどうする?

ASがなければ、CoA complexはVSD閉鎖+Arch repairってのはわかったが、「ASは強くないけど、ちょっとあるよね?」って場合はどうでしょう?自信満々に「Yasuiでしょ!」と言ったあなたはちょっと短絡的です。Yasui手術は優れた手術ではありますが、右室流出路の形成(RVからPAに行く道をつくる)にRastelli手術をしないといけないんです。Rastelli手術は導管(人工物)を使うので体の成長にあわせて大きくしてあげないといけません。つまり再手術が必要になる、ということです。これがCoA complexでYasui手術を容易に選べない重大なポイントなのです。

もちろんどうしようもなくASやSASが強い時はしょうがないので、Yasui手術をしますが、できることならやりたくない、というのが心情です。できることならVSD+CoAと同じように、VSDを閉鎖してCoAを治して、その後一生安泰みたいな手術がいいですよね。

 

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図:CoA complexのボーダーライン

HLHCやFontanの時にも話しましたが、小児循環器にはこういうグレーゾーンの疾患がたくさんあります。「できればこっちの手術にしたいけど、無理するとコケるので安全策をとるとこっち」みたいな症例がたくさんあります。今回のCoA complexも同じような選択に悩まされる事が非常に多くあります。

一般的にVSD+CoA+ASでVSD閉鎖とArch repairだけで大丈夫だと言われている基準を紹介します。

新生児で大動脈弁輪径が「体重+1mm」あれば、ASは大丈夫。

 (ただし大動脈弁が三尖弁の時)

という事が言われています。なので、例えば体重3kgの新生児であれば、ちょっとくらいのASでも、大動脈弁が3尖弁で大動脈弁の弁輪径が4mm以上あれば、YasuiをせずにVSD閉鎖+Arch repairでいける、ということです。重要なのは大動脈弁がちゃんと三尖弁の形態であること、弁輪径が「体重+1mm」以上あること、です。

これ、必ずしも正しくはありません。その他にも聞いたことがある基準があり、ちょいちょい数字が違います。例えば、、、

・大動脈弁輪径が5mm以上は大丈夫。(これは確実に大丈夫というライン)

・大動脈弁輪径が体重+1.5mmなら大丈夫、体重+1mmは要検討。

などです。一番シビアなのが体重+1mmです。おそらく体重+1mmはまあまあギリギリのラインではないかな、と思います。大動脈弁径5mmは確実にYasuiをしなくてOKです。ただし3尖弁でなければ、話は変わってきます。二尖弁や一尖弁では5mmあっても駄目な場合がありますので、必ず弁の形態も確認する必要があります。

そして、もうひとつ注意しておきたい点ですが、普通の心臓ではASは、大動脈弁の通過血流の速さ( AV flow 4m/sec以上だとASと以前に話しましたね)で評価を行いましたが、VSDとかが開いているCoA complexなどではAV flowは全くあてになりません。結構狭窄があっても平気でAV flow 1.2m/secくらいを叩き出します。なので、「心エコーでAV flow 1.2m/secか、ASないね」と短絡的に評価してしまったらASを見落とす可能性がでてきます。かならず新生児では弁の径で評価するようにしましょう。これは大動脈弁に限らず、新生児では狭窄がflowで測れない事が多いので、必ずいろんなところの弁の径などをチェックしておくのがいいと思います。

ちょっと難しい話で申し訳ないですがまとめると

 ・ASがあってもなるべるYasui手術はしたくない。

 ・評価するためには大動脈弁下狭窄の有無、大動脈弁輪径、弁の形態が必須。

 ・VSD閉鎖+CoA repairでおそらく大丈夫なラインは、大動脈弁が3尖弁+大動脈弁径で体重+1mm以上。

 ・VSDなどがある新生児ではAV flowでASの評価はできない。

以上になります。ごちゃごちゃ書きましたが言いたいことはこの4点です。ぜひこれを頭にいれて、常にCoA complexのときにはASやSASに注意を払いましょう!

 

ちょっとでも迷った時はbil.PABLipoPGE1で判断を後に。

これもいつもと同じなので、「またか〜」と思ったあなたは、もうこのブログを読む必要はないです。そうなんです、これもいつもと同じで、迷った時は決断を遅らせるのがいいという考えです。

CoA complexは手術せずに放置しておくと、大きなVSDが開いているので血行動態はVSDと同じになります。つまり肺にドンドン血液が流れ、high flowでしんどくなっていきます。そのため、結論を先送りにしたい時はhigh flowを制御しなければなりません。なので、いつものようにbil.PAB(bil.PABは両側肺動脈絞扼術の略です。以前の記事に説明してありますので、そこをチェックしてみてください。)で肺血流を制御してあげる必要があります。またCoAがありますので、頭や上肢には血液が行くのですが、下肢には動脈管を介してしか血液がいきません。そのため、先送りにする場合は、手術するまで動脈管をLipoPGE1で開いておく必要があります

そのため、治療方針に迷って、すぐに手術せず結論を先送りにしたい場合はbil.PAB+LipoPGE1で1ヶ月程度持たせて、結論を先送りにする方法があります。

 

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図:ちょっとでも迷ったときはbil.PAB+LipoPGE1

 

よくあるのは「大動脈弁は5mmあるけど、2尖なんだよな」とか「大動脈弁輪径が4mmで微妙に小さいんじゃないか」(体重+1mmギリギリの時はしっかり迷ってください!)とか、こういう場合がよくあります。どちらかと言うと判断に迷うケースの方が圧倒的に多いです。こういう時は大きな手術にいきなり踏み切るのではなく、一旦間をおいて判断するのがいいと思います。Yasui手術に行く場合はどっちにしろ新生児で行くにはかなり酷な手術なので、両側肺動脈絞扼術(bil.PAB)でhigh flowを制御しつつ、CoAでしんどくならないように下肢や腹部の血流確保のため、LipoPGE1を投与し、一旦期間を開けて全身状態が落ち着いてから手術をするのが普通なのでこのようにします。VSD閉鎖+Arch repariならば新生児でも一気にできますが、術後ASやSASが強くて成り立たなければ、命取りになります。なので、慎重な判断が必要なのです。

なので迷った時にはbil.PABをしてhigh flowにならないようにしつつ、LipoPGE1を投与してCoAやIAAがあっても下肢やお腹への血流を確保するようにしましょう。bil.PAB+LipoPGE1で先送りにするとたくさんのメリットがあります。

・先送りにしたことにより全身状態が安定すること。

・何度も心エコーなどをチェックして落ち着いて診断を下せること。

bil.PABで待っている間に大動脈弁(や弁下)が育って大きくなる可能性(もしくは本来の大きさに戻る)があるので待つと判断が変わる場合もあること。

などがメリットになります。論文でも大動脈弁輪径が1mmくらい育って大きくなるという報告もあり、ASの懸念が全くない人以外は待つことにはむしろメリットしかない、といっても過言ではありません。

なので微妙だな、と思った時には一旦判断を先送りにするといういつもの手段を取るのがよいと思われます。

 

それでも微妙な時にはRoss手術を見据える方法も…

迷ってbil.PAB+LipoPGE1で手術を引き延ばしたけれど、それでもASがあるかないか、で微妙な場合があります。というかよくあります。こういう時にとる手段として将来Ross手術を考慮し、VSD閉鎖+Arch repairに踏み切ってしまう、という手段です。(Ross手術はまた後で説明しますね。)

「え〜、そんな事してASが残ったら責任とれるんですか?」と思われる方もいるかもしれませんが、ASもAV flow 2m/secから3m/sec程度であれば、ちょっとしんどいですが、一旦は成り立ちます。軽度から中等度のASやSASであれば、これくらいのflowで成り立つのです。なので、ちょっとASが残っちゃうけどYasuiより良いかな、という場合にはこのような選択肢を取ることもあります。うまくいくと大動脈弁が育ってくれたり、思ったより狭窄が残らなかったりする事もあり、まあまあいい選択肢だと思います。でもやっぱりまあまあのASが残っちゃった場合にはRoss手術という選択肢があるので、Ross手術をマスターしておきましょう!

 

まとめ

今回はCoA complexの治療のボーダーラインについて説明しました。簡単にまとめると

・「VSD閉鎖+Arch repair」か「Yasui手術」の境目は大動脈弁輪径「体重+1mm(3尖弁で)」あるかないかです。5mm以上あれば確実で、ASが残ってしんどくなることはないので、VSDを閉じちゃって大丈夫です。

・ただし判断に迷うケースも多くあり、そういう時はbil.PAB+LipoPGE1で治療方針の決定を先送りにしましょう!大動脈弁が育って大きくなるかもしれません。

・微妙な時には(ASちょっとありそうだけど)というときは「VSD閉鎖+Arch repair」をして、ASが残り困れば将来Ross手術をする、という方法もある。

というところでした。AS(or SAS)のボーダーの数字は諸説ありますし、弁の形態なども大きく関係するので本当ははっきりと言わない方がいいのかもしれません。あまり教科書に具体的な数字が書いてない事が多いので、はっきり言えないところなのかと思います。でもそれではわかりにくいですし、数字の線引があるとぐっと心臓はわかりやすくなると個人的には思いますので、このブログでは、なるべく具体的な数字等を書くようにちょっと意識しています。大動脈弁3尖弁で体重+1mmはボーダーラインという事は覚えておいて損はないと思います!5mmあればあまり迷う必要はないかと思います。しかしかなり重要なところですし、そこら辺は慎重に検討をしたらいいのではないかと思います。

 

ちょっと看護師さんにはあまり関係ないところだったかもしれませんが、こういう微妙なところで手術方針が大きく変わるので、「ふーん」くらいで知っておいてもらったらありがたいです。なので、長々とエコーをして迷っていても怒らないであげてください。

では、次回はちょっとASが残った場合、将来する手術、Ross手術を説明していこうと思います。